022049 ランダム
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大佐の異常な日常

大佐の異常な日常

無題 プロローグ

目が覚めるとそこは知らない場所だった。 
そこは『部屋』だった。
一面真っ白な壁。  
天井にも照明らしきものは見当たらない。 
上下左右何も無い。 
全体が真っ白で何も無いため奥行きすら感じられない。  
なのに、暗くはない。  
不思議な感じだった。  
しかし同時に不安になった。  
それも当然。 
(う、浮いてる!?) 
彼はその部屋の空間に浮いていた。 
足が地面に着いていない事を視認することによって更に不安は増してしまった。
目覚めたばかりでまだ覚醒していない脳を無理矢理起こして状況を理解しようとする。
(どうなっているんだ?僕は確か・・・)
時間は数時間程遡る。


 
(暑・・・・・・) 
彼、吉良麻義(きら あさぎ)は真夏の炎天下の中、学校へと続く道路を歩いていた。癖の無い髪をうっとうしくない程度に切りそろえている。開いているのか閉じているのか判らない程細い目。背丈も年齢相応。学校指定の学生服。平々凡々と表すのが一番しっくり来るような少年だった。
ちなみに麻義の通う高校は丘の上にある。なので夏は今のような強い日差しの中坂道を歩いていかなければならない。 
この別名『強制ダイエット高校』と呼ばれる県立東平賀高校の一年生である麻義はぶつぶつと小言を呟いていた。
「まだ五月なのにこの暑さは何なんでしょう?というか校長ももう少し考えて学校建てて下さいよ・・・・・」
誰に話しかけているでもないのに敬語なのは彼の癖だ。
校長本人が聞いていたら大分理不尽に聞こえるであろう悪態をついていると不意に後ろから声をかけられた。
「なーにブツブツ言ってんだ?変態みたいだぞ」
麻義は反射的に振り返り、声の主を視界に入れた。 
「谷君ですか。というかいきなり変態扱いですか。意味が分からないです」
「いやー一人で下を向きながらボソボソ独り言を漏らしながら歩いてたら変態だろ?学ラン着てるし」
「いや、学ラン関係ないです。というか貴方も着てるじゃないですか」
このいまいち会話が噛み合わず、一言多いのは谷。長身で黒髪の短髪で、さっぱりとした印象を受ける。
麻義はこの失礼な幼馴染を無視してまた坂を登りだす。
「おーいまてよぅ。冷たいなぁ。君は本当に冷たい」 
「貴方がそうさせてるんだと思いますよ」 
「もうお終いだね。貴方とは。別れましょう」 
「本格的に意味が分かりません。病院で見てもらってきてください」
何年も前から繰り返してきたこの微妙なコントのような会話の応酬をしている間に目的地、学校へ着いた。
谷と話していると格別楽しい、というわけではないのだが時間が経つのが早く感じる。彼から感じられる雰囲気が柔らかく、話しやすいからだろうか。
だから誰とでも仲良く出来るのだろうか。
あまり人付き合いが上手くない麻義は彼のそういう所に幼い頃から尊敬の念を抱いていた。
教室に入ると麻義の目は自然に窓際の席へと向いていた。 
正確には、そこに首元でくくった髪を肩下まで伸ばし座っている彼女。
麻義は無意識のうちに向けた目を慌てたようにそらす。
彼女の名前は西村郁(にしむら かおる)。
このクラスの委員長をしている。
成績は毎回C組の福沢新豚(ふくざわ にゅーとん)とトップを争うほどの好成績。
絵に描いたように優秀な生徒に見える彼女はなぜかあまり笑顔を見せない。
故に、谷とは正反対な近寄りがたい雰囲気をかもし出している。
麻義はそんな彼女に心惹かれていた。
きっかけは、不思議なものだった。 
それは綺麗に言えば運命だったのかもしれない。 
だが実際にはただの偶然だったのかもしれない。


 
更に数週間前。 
入学してまだ間もない放課後、麻義はふらふらと校舎をさまよっていた。特に意味は無かった。ちょうど校舎裏の小さな花壇を通りかかった時だった。 
そこには、小さな花をしゃがみ込んで眺めている彼女の姿があった。 
彼女は笑っていた。 
麻義が見たことのないほど綺麗な嬉しそうなそれは素晴らしい笑顔だった。
本当に彼女が光で包まれているように見えた。 
そして、世界が停止してしまったかのように麻義は立ち尽くした。 
気が付いた頃には、辺りはすっかり夕暮れに包まれていた。
彼女の姿はもうそこには無かった。
頭の中に残っているのは、彼女の花を見る天使のような笑顔。



今まで人にあまり興味を持ったことがなかった麻義は最初、この感情の正体が何だか解らなかった。 
何故彼女の事ばかり考えるのか。 
何故彼女の事を見ると鼓動が高鳴るのか。 
仕方なく唯一心を許せる友達、谷に相談してみた。 
「ついにお前も恋をしたか・・・・・。寂しくなるな・・・・・。で、相手は誰よ?」 
麻義は驚いた。恋というものを初めて知った。 
知ってからは更に彼女の事を意識するようになってしまった。

 

 
それ以来彼女の笑顔は見ていない。 
彼女は今も無表情で眼鏡のズレを直し、本を読んでいる。 
『どんな本を読んでいるのだろう』
『それが話すきっかけにはならないだろうか』 
そんな事ばかり考えてしまう。 
そうしている内に授業は終わり、あっという間に下校時間となった。 
「おーい麻義ー。帰ろうぜー」 
谷が声をかけてきたので帰り支度をする。
学校を出てしばらく歩き、谷と別れ自宅へ向かった。









そして麻義は死んだ。
交通事故だった。


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